全亞洲反對美日帝國主義侵略與宰制運動聯盟(AWC)追悼辭(2012.10.27)中日文版及影片

追悼の辞
「五〇年代白色テロル秋祭慰霊大会」にあたり、AWC日本連絡会議を代表して、白色テロルの犠牲となって亡くなられた方々の御霊前に謹んで追悼の辞を捧げます。あわせて、先般の林書揚先生の逝去に対して心からの哀悼の意を表します。
一九五〇年代の蒋介石国民党政権による白色テロルの嵐は、理想に燃えた多くの台湾青年からその命と青春を奪い去りました。いまだその名前すら明らかになっていない多くの人々の非業の死に思いを馳せるとき、私たちはその真相を決して歴史の闇に葬らせてはならないという思いを強くします。白色テロルの全面的な真相究明と犠牲者たちの完全な名誉回復、賠償が、必ずや成し遂げられなければなりません。
日本帝国主義の敗戦以後、一九四九年の中国大陸での新民主主義革命の勝利に鼓舞されてアジア各地に広がった民族解放・社会主義革命運動のうねりは、帝国主義とそれに支援・育成された各地の反人民的政権による大規模な弾圧に直面することになります。朝鮮戦争を前後するこの時期に、朝鮮半島、ベトナム、タイ、フィリピンなどアジア各地で幾多の労働者人民の血が流されました。白色テロル下で社会正義と祖国復帰をめざして闘った台湾の労働者人民が直面した受難は、このようないわゆる「冷戦体制」の確立に向かう時期に、解放を求めて闘うアジア各地の労働者人民が直面した受難の一部として民衆の歴史のなかに深く刻印されています。
同時に、私は日本の労働者人民の一員として、日本政府が蒋介石政権の白色テロルによる台湾支配を支持・支援することで、自らのアジア侵略戦争・植民地支配に対する真摯な謝罪と被害者に対する賠償を回避し続けてきたことを、痛苦の反省の念をもって思い起こさざるを得ません。日本帝国主義は一八九五年に中国から釣魚諸島を略奪し、台湾を自らの植民地として、台湾の人民の抵抗闘争を弾圧してきました。さらにその後、朝鮮を併合して植民地とし、さらには中国大陸および東南アジアへと侵略の触手を拡大していきました。しかし第二次世界大戦後、日本政府はアメリカ帝国主義の覇権のもとでアジアにおける「反共防波堤」の一部となることで免罪符を手に入れたかのように、今日に至るまでアジア各地の被害者に対する真摯な謝罪と賠償を拒否し続けてきました。私たちは日本の労働者人民の歴史的な責任においてこのような現状を打破し、日本帝国主義によるかつての侵略戦争・植民地支配に対する真摯な謝罪と被害者への賠償を実現するために闘い抜くことをここに表明したいと思います。
私自身は学生時代に社会運動に参加し、そのなかで日本およびアジアの労働者人民の闘いの歴史を学ぶ機会を持ちました。その一部として、私は台湾における五〇年代白色テロルの過酷さを知ると同時に、日帝からの解放以後から戒厳令の解除に至る台湾の労働者人民の様々な苦闘をわずかながら学んできました。そしてまた、反帝国主義と人民解放のための共通の闘いのなかで林書揚先生をはじめとした先輩・同志と出会いうことができました。その経験から多くのことを学んでいます。
どの国や地域の歴史も圧政に抗し、人民解放の大義のために殉じた無数の人々の血で綴られています。台湾における白色テロルの受難者もそのような民衆の抵抗史のなかにあり、その精神は深く継承され続けていかねばなりません。それは台湾のみならず、日本の労働者人民の課題でもあります。
最後に、あらため台湾およびアジア・世界の人民と手を携えて、帝国主義に反対し、労働者人民の解放に向けた闘いに献身すること誓い、追悼の言葉といたします。
2012年10月27日
AWC日本連絡会議を代表して
中村良夫


追悼詞
(翻譯/張增榮)
現在謹代表AWC日本連絡會議向白色恐怖犧牲的各位靈前敬致追悼之辭,並向近日逝去的林書楊先生敬致衷心的哀悼之意。
1950年代由蔣介石的政權所造成的白色恐怖風暴奪去了很多抱有熱情理想的台灣青年的青春與生命。想到至今仍有不少不知姓名的不幸犧牲者時,我們將強調決不能將他們埋沒於歷史的黑暗面。之後我們深信白色恐怖的真相追究,犧牲者的名譽回復賠償必會有所成就。
在日本帝國主義戰敗後, 被1949年中國大陸的新民主主義革命運動所鼓舞的廣及全亞洲的民族解放,社會主義革命運動的浪潮曾面臨帝國主義及其所支援孕育的各地反人民政權的大規模彈壓。前後於韓戰這一時段,朝鮮半島、越南、泰國、菲律賓等亞洲各地方的人民都流了不少血。在白色恐怖下為社會正義與復歸祖國而奮鬥的台灣勞動人民所遭遇的災難,將深深地刻印在同樣『冷戰體制』時期的亞洲各地勞動人民所遭遇的受難史裡面。
同時,我以日本勞動人民之一員,對日本政府支持蔣介石政權的白色恐怖控制台灣而繼續迴避其自己對亞洲的侵略戰爭及殖民地壓制作真摯的謝罪以及對被害者的賠償等等,我不得不再以痛苦的反省而苦悶起來。日本帝國主義於1895自中國掠奪了釣魚島,將台灣作殖民地,一直彈壓著台灣人民的抗爭,後來又併合了朝鮮為殖民地,更擴大的對中國大陸及東南亞的侵略觸手。而且為了二次世界大戰後日本政府以充當美國帝國主義在亞洲的「反共防波堤」,就如得到一張免罪符一樣,到今天仍然繼續抗拒對亞洲各被害者作真摯的謝罪和賠償。我們日本勞動人民在歷史責任上將突破現狀,為促成對此作真摯的謝罪和賠償而繼續奮鬥下去。我在學生時代就參加社會運動,就中有機會學到日本及亞洲勞動人民奮鬥的歷史,其中的一部分使我得知在台灣50年代的白色恐怖的殘酷和台灣勞動人民自日帝的解放到台灣解嚴之間苦鬥的歷史。並且在反帝國主義和解放人民的共同鬥爭中得於欣逢林書楊先生及各位先進與同志,我由此受益很多。
每一個國家或地區的歷史都是由解放人民而成仁的無數的志士的血所寫成。台灣白色恐怖受難者也在這人民抗爭史裡面,其精神將會繼續下去,這不僅是台灣,也是日本勞動人民的課題。
最後,更誓言:要與台灣及亞洲及全世界人民攜手為反帝國主義,解放勞動人民而獻身。並以此做追悼之辭。
2012年10月27日全亞洲反對美日帝國主義侵略與宰制運動聯盟(AWC)秘書處代表代表 中村良夫