AWC日本連絡会議ニュース:台湾の革命家、林書揚さんが逝去

台湾の革命家、林書揚さんが逝去
国際主義の旗のもと、心からの哀悼をささげよう
台湾労働党の栄誉主席で、台湾労働人権協会会長、台湾地区政治受難人互助会会長などを務めてこられた林書揚さんが、昨夜(10月11日夜11時50分頃-北京・台湾時間)、北京の病院で逝去されました。86歳でした。
わたしたちは、心からの哀悼の意を表明します。
林書揚さんは、1926年に台湾南西部の台南市麻豆に生まれました。1945年の日本の敗戦前後は日本軍に徴兵されていたそうです。1995年に日本から訪台したわれわれに林書揚さんは次のように語っています。「終戦当時、私は年齢不足でしたが日本の軍隊にいました。夜間演習や就寝前の時間を利用して、台湾人兵士の間で密かに『私は日本人ではない、中国人だ』という英語を教え合っていたのです」。(日帝百年侵台史/1995年8月)
解放後、林書揚さんは青年運動・社会主義運動・両岸統一(祖国復帰)運動に積極的に参与されました。1950年5月に台湾三大地下組織事件と言われる「中国共産党台湾省工作委員会麻豆事件」で逮捕されました。中国革命の勝利により、内戦に敗北して中国大陸から台湾に逃れた蒋介石・国民党政権によって無期懲役をうけました。林書揚さんへの弾圧はその後に続く嵐のような1950年代白色テロル(処刑者4000~5000人、投獄者数万人)の始まりだったのです。
その背景には1949年中国革命から連続するアジア各地の民族解放闘争・社会主義革命運動の大高揚、そして林書揚さんの逮捕直後の1950年6月に勃発する朝鮮戦争があります。林書揚さんの受難は、社会主義革命と侵略反革命の軍事的衝突が激化する時期に、アジア各地の労働者人民が直面した大弾圧の一部でした。以後、1984年に釈放をかちとるまで、実に34年7ヶ月わたって、厳しい獄中生活をたたかい抜いてこられました。
釈放以後、林書揚さんは50年代白色テロルの犠牲者の名誉回復、労働者の利益のための活動、社会主義と両岸(中国大陸と台湾島)の統一のための活動などの最前線で闘われてきました。台湾での戒厳令が解除される以前の1986年に「台湾地区政治受難人互助会」の設立を呼びかけその会長となり、1989年には他の同志とともに中国・台湾労働党を結成し、また労働人権協会の会長や中国統一連盟の主席を歴任してきました。添付の写真には、2003年の米国によるイラク侵略戦争反対デモの先頭を行く林書揚さんの姿があります(当時77歳)。林書揚さんは帝国主義打倒の闘い、労働者階級解放の社会主義、国際主義をたたかう革命家であり、多くの労働者人民から尊敬される気さくな指導者でありました。
帝国主義打倒!
労働者人民の国際連帯万歳!
台湾のすばらしい革命家、林書揚先生のご逝去に心からの哀悼を表明いたします。
2012年10月12日
http://www.awcjapan.org/2012/201210-003.html

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